水盤

社殿で向かう参道の左手にある。高さ53cm、幅81.5cm、奥行53cm。石質は安山岩(小松石)である。正面に富士山の姿が彫られ、その中央に「玉」と刻まれている。この印は、富士講の紋であったと思われ、当神社の明治期以降の石碑類の多くに刻まれている。富士山の上に「奉献」とあるから、富士講が当社に奉納したものであることがわかる。左側面の刻銘は次の通りである。

浅間神社は、大永七年(1527)の創立とも、近世初期の創立とも伝えられている。またこの地は、古代に日本武尊の妻、弟橘媛の笄が流れ着いた地ともいわれる。いつごろこの地に富士山が造成されたのかは不明だが、延宝七年(1679)に版行された「江戸方角安見図」の亀戸の図に、二棟の社殿を構えた「富士」の名前が見える。江戸時代の前期までには、この地に浅間神社が創祀されていたことが知られる。

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